くるみのはなし

大学院生の頃、決まった指導教官がいたのだが、学部時代からのよしみで無理やり入れてもらったようなもので研究テーマも全く関係していなかったので、最終的にはその先生を含めて3人の先生に論文を見てもらっていた。

3人のゼミがすべて同日に固まっていたので、オヤツやご飯のタイミングを見据えて、A→B→C(本来の指導教官)→またA、と移動したのも懐かしい。

A先生は妖しい雰囲気を備えた女性の先生で、わたしは学部一年生のころからずーーっとお世話になっていた。絶望的な成績のわたしの留学を(おそらく「定員割れするよりいいから」と)後押ししてくださったのもA先生であり、(わたしゃビンボーなのにこんなに舌が肥えていいのだろうか)とこちらが不安になるほど「よいもの」をたくさん食べ・飲ませてくださった方である。

ということで、3人の中でも特に、いちばん年長のA先生に約10年間にわたりベッタリお世話になった、のにもかかわらず恩は一向に返せていない。

恩返しを意識したとき、必ずあたまに「くるみ」が浮かぶ。A先生にも直接「いつかくるみのお礼を」と何度か言ったけれど(私、クルミなんかあげたっけ?)とか(そんな覚えないのにキモっ)とか思われたに違いない。

くるみとは、比喩である。

19歳も残りわずかになった頃、「カラマーゾフを読まずに成人してしまう!」と焦りに焦って、当時出たばかりの新訳を1冊ずつ読み進めていった。(ちなみに罪と罰はやっと去年になって読みました。)

あんなに夢中になったのに、覚えているのはふたつのエピソードだけ。ゾシマ長老が「夜中にやるべきことが思い浮かんだときは、起き上がってやりなさい」と言ったことと、「くるみのはなし」である。

最終巻、父殺しの罪に問われたドミートリーの裁判中、幼い頃の隣人が彼をかばった発言をする。幼い頃のドミートリーは育児放棄されていて、他の子が買ってもらえるようなクルミの一袋もなく、哀れに思った隣人が買って渡す。それから20年近く経って、突然隣人の家に、たくさんのご馳走をもったドミートリーが現れ、「あの頃、自分にクルミを買ってくれたのはあなただけだった」と涙をこぼす。そんなドミートリーが殺人を犯すはずなんかないーー。

わたしはひとに受けた恩をすぐ忘れるので、この時間スパンの長さにびっくりしてしまい、受け取った恩=くるみをひとつ一つ忘れずにいよう、そしていつか、何十年経ってもふとした機会にお礼ができるようになろう、と心に誓ったのである。

なるべく早く「くるみ」の恩返しをしたいと思いつつも、年収300万円未満の都内一人暮らし世帯としては、モノやお金として返すことができず悶々としていましたが、A先生と近々お会いできることができそうで、何を返そうかと考えているところです。