イケメンの涙

もう5年も前のはなしだけれど、詩人として有名になった女性の先輩とたまたま出くわしたことがありました。そのまま食事をして、新宿から中央線下りの最終電車に駆け込んだものの、車内は満員で、ニンフの雰囲気も併せ持つ先輩が被ったフェルトの帽子が、わたしの目線よりもわずかに低いところにあり、先輩の視界はしかし周りの人によって完全に阻まれていて、ときどき話しながらまあるいつばの一部分を上げてこちらの方を見ていた。

ぼぉーっと先輩の帽子の方を眺めていると、緑のふちになにやら水玉が。なんだろう?と思って目を上にやると、先輩の後ろに立った長身の男性が大粒の涙をボロボロこぼしていて、そのたびに先輩の帽子の上へ水滴として垂れ落ちては水玉模様を広げているのでした。あんなにボロボロ涙をこぼすイケメンはこの時点で初めて見た。

とはいえ、接着している状態で先輩に「うしろのひとが泣いていて帽子が濡れていますよ」とデカイ声でも小さい声でも言うこともできず、こちらは平静を装いながらウズウズしていると、急にその涙の男性が

「すみません!」(叫)

どうやら高い位置から、電車の中で気分が悪くなり倒れてしまった女性の様子が見えたらしく、次に停車した中野駅(そうです、涙に気がついたのは新宿から中野までのわずかの間でした。)で、手分けして駅員さんを呼んだり、その女性をおろしたり、なんとか救助をおこなった。

再び動き始めた電車は「よかったですね」という不思議な一体感に包まれ、イケメンの泪もすでに乾いていた。そのうちわたしの最寄り駅でイケメンは一足先に階段を駆け下り、電車です人目をはばからずに泣いたその理由は、当然のことながら、わからないままである。でも困っている人を大きな声を出して助けることができるあのイケメンは、きっと幸せになってほしい。

そして上に「この時点で」と書いたように、この直後にまたイケメンの涙を見ることになるのですが、それはまた別の機会に。。。